




おそらく1年以上私の枕元に置かれたまま、読まずに放置置されていた。
読みかけだったのだが、じっくり読みたいと、その時期を待っているうちに、
時間が経ってしまったのだ。
金曜日は、体が疲れている、とにかく寝たい、そういう体調だった。
原因はわかっている、無意味な(今思うと)残業を続けたからだ。
早朝5時半に目覚ましを掛けるが、帰宅が10時を回り11時を回り しているうちに、
睡眠時間は4・5時間という日が続く。
楽しみにしている週末も気分は爽快ではないが、それでも約束していたイベントも断りきれない、
そんなことを続けていたのも気力だけ。
体力が続かない。 とうとう、とにかく横になって寝たいと思った。
もちろん、やっておきたかった仕事も終わっていない。
新しく立ち上がった社内の支払いシステムが思うように稼動しないからだ。
10分もかからない入力作業に3日かかった。できない原因をEngineerと一緒に探ったり、
直ったという知らせに 意気揚々と再入力 Error それを何回繰り返したか。
そのしわ寄せは 余裕のない作業量を圧迫する。
8時9時まで残って残りの仕事を片付ける。
その週は、夕食を作って私の帰りを待っていた同居人を 2回も腹立たせた。
仕事が終わらないから帰りが遅くなる。
一緒に食べたかった夕食は結局次ぎの日へ持ち越された。
そんなことを繰り返していくうちに、遅く帰ってくるなら作らないとなる。当然だ。
今日はパスタの予定だけど、遅くなるのか?
からだも疲れている、効率も悪い、早く寝てからだをリセットしないと・・・・
今日は定時で帰る と約束した。
5時になっても予定の半分も終わっていない、システムの回復に付き合ったからだ。
それでも今日は帰る。待っている家族がいるから。
仕事は月曜日にどうにかすすめる といってもまた新たな問題が湧き上がるに違いないのだが。
金曜日の夜は10時間以上も寝ただろうか、目覚めたときには既に日は高いところを過ぎ、
西へ向かっていた。何もしたくない。が、何もしないことに腹立たしさを感じる。
とにかく横になっていたい。 できることといえば本を読むことぐらいだ。
1週間見ていないメールやPCも興味がない。
そういえばしばらく読み進んでいない本があったことを思い出した。
気づいたときには4・5時間は経っていたようだ。
今までの人生、他人をうらやむ気持ち、自分ばかりが恵まれていない境遇、不運
そんなことを思うことしきり。
それよりも、そういうことに直面しても、
ぶれない自分、確固たるよりどころをしっかり持っている人に憧れていた。
どうもそれらは宗教と関係があるかのように思えていたが、
自分がそれらを熱狂的に追随することはできないように思えた。
否定はしないのだが、自分の頭(理性)に響かないのだ。
どうしてこの世に生を受けたのか、そして自分では苦しいと思う困難に出会うのか。
すべてのことには意味がある。
それを経験することで自分が成長するようにあらかじめ組まれた授業なのだ。
自分の中で信じるもの=信仰に出会えた、そういう本だった。
**教といえなくてもよい、自分のよりどころが得られたことに大きな意味がある。
私の人生捨てた物ではない、自分らしくせいいっぱい愛を持って生きる
それに意味がある。
よく母が言っていた、自分の思い描いてない結果になったとき。
希望していた学校に受からなかったとき、希望していた部署に配属にならなかったとき。
"そのほうがいいって、かみさまが言っているってことよ。"
超前向きな楽天家だと思ったが、
実のところ、その道を通るようにもともとなっていた、そういうことだったのだ。
残業の末に疲労困憊したときに読みすすめたものの意味があったと思いたい。
仕事ばかりで家族をないがしろにいた生活には何も意味がないことを。